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むしろ頭が冴えた。
ベッドに王の体温さえ残されていない抜け後を、リュンヌはじっと見下ろしている。シーツには皺が寄り、見たくもないくすんだ赤の斑模様がついていた。
室内は明るく輝いているように見えた。
改めて自分の置かれた立場を認識する。自分は后となり、豪奢な部屋を与えられたのだ。今まで質素で、簡易なつくりのベッドしか知らないリュンヌは、逆に寝心地が悪く背中を少々痛めてしまった。
上体を起こし、立ち上がろうとすれば腹部に鈍痛を感じた。リュンヌは腹を押さえる。
自分を通して他の女を見ている王を知ったことよりも、自分が年老いた男に愛されてはいないのだという、少しの安堵。すれば気負わずに振舞うことができるのではないか。
思わず喉でひきつるような笑いが込み上げた。
――王にも手に入れられないものがあるのだ。
王への同情と哀れみ、なにより蔑み。
置かれた自分の立場がおかしくてたまらない。
「リュンヌ様」
不意に頭上で柔らかな声音が響いた。顔を上げると、手におしぼりを持った侍女が自分を覗き込んでいる。逆光で顔は見えないが、陽に透ける金の髪に見紛う亜麻色の髪がまぶしかった。
目の前に差し出された濡れたおしぼりを、リュンヌは無言のうちに受け取った。
「どうかいたしましたか。先ほどお笑いになっていましたが、なにか楽しいことでも」
昨晩はその耳ですべての物事を聞いていたにも関わらず、その侍女はそ知らぬ顔で聞いてきたのだ。
リュンヌは意地の悪い笑みを浮かべて言い放った。
「ええ、楽しいわ。王が私を愛していないなんて知ったから」
侍女が息を飲むのがわかった。
「いったい王は、何人の女を愛しい「アリィ」の代わりにしたのかしらね」
リュンヌは室内をぐるりと見渡した。侍女すらひとりしか与えられていない。
「リュンヌ様」
すると侍女は膝を折り、ベッドの端に肘をたててリュンヌの手をそっと掴んだ。
「悲しかったのですね」
「え」
思わぬ返答に、目を見開き侍女を見下ろした。見れば卵型の小さな顔をした女である。リュンヌよりもニ、三歳は年上であろう。髪は肩より少し上で切りそろえられ、健康そうな色白の肌に色素の薄い琥珀の瞳。侍女専用の紺のワンピースがよく似合う。際立った美人ではないが、清楚さはリュンヌよりも備えている。
「では悲しそうな顔をしてくださいませ」
まるで自分ごとのように侍女は泣き出しそうな表情で見上げてくる。リュンヌは返答に窮した。
「悲しそうな顔をすれば、本当に私は哀れじゃない」
ようやくそれだけ吐き出すと、ますます侍女は目を潤ませた。リュンヌはぎょっとして、咄嗟に侍女の手を振り払った。
「強がっている方がよっぽど哀れですよ」
「私は、あんなヤツ嫌いよっ」
侍女は目を見開いた。そして彼女は周囲に人がいないか確認する。
「嫌いよっ。だって、私を金貨で買ったのよ。私は娼婦じゃない。それに、あいつはジジイだしっ。なんで、どうして、私、まだたったの十四なのに。王妃になりたかったわけじゃないし、わけわかんない」
孤児で薄汚い痩せた子供なのに、自分を卑下しそうになってリュンヌは言葉を必死で飲み込んだ。
さまよった視線は、不意に侍女とぶつかる。侍女は強く見つめ返してきた。
「では、王を見返すほどの良い女におなりくださいませ。及ばずながら私も尽力いたしますから。私――マリアと申します」
「なにを言っているの……。あんた誰に向かって言っているのよっ」
「マリアと」
一歩も引く気がないマリアに、リュンヌは気圧され絶句した。
リュンヌが作法等に精通しているのならば、マリアの態度は死罪にあたるとすぐにわかったであろう。だからといってマリアが決してリュンヌを侮っているようには見えなかった。
なにか堅い決意を込めて、マリアはリュンヌを見つめるのだった。そのことにリュンヌは息が詰まると同時に安堵もした。
「とりあえずは顔をお拭きください。湯浴みの準備はできていますから」
力強く引き上げようとするマリアの手を、リュンヌは振り払わなかった。むしろ自ら縋りついたのだ。

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